言葉と鉛筆で描く日常風景 日常の風景(Diary)

心象

毎朝夕、僕にとびきりの笑顔をくれる女性がいる。
最初にふっと微笑み、それから、くふっという息遣い共に、愛しているという声が聞こえそうなくらい特別な笑顔をつくる。
この笑顔が、僕の1日をどれほど崇高なものにしてくれているか、ということを彼女は気付いていないだろう。

毎日、楽しみにしている笑顔にも拘らず、僕はこの女性が実際どんな顔をしているのかよく知らない。
記憶で素描しろと言われても、うまく描けないだろう。

時々、そういう人に出会うことがある。
天真爛漫で、自身をつくることを知らない稀有な人々だ。
たぶん、僕はその女性の造形的な像を視覚で認識しているのではなく、心で人格を感知しているのだと思う。

The Green Mile

死刑執行場への道、人々はそれをGreen Mileと呼んだ。

映画は、夜8時過ぎから始まった。
独りで、しかもそんな時間に映画館に入るのは初めてだった。
たまたま通りかかった映画館に掲げられていたポスターに魅かれてチケットを購入した。

ストーリーも俳優も音楽も、その時の僕の気持ちにフィットした。
掛け値なしに素晴らしい映画だと思った。

11月の深夜近く、僕は10キロほどある道を歩いて帰った。
かちっと冷えきった、澄んだ空気が心地よかった。

両翼に緑と赤のランプを点滅させながら、1機の飛行機が銀色に煌めく星たちなかを南東へ飛んだ。
その時間、僕の大切な人が僕を愛していると言って海外へ飛立って行った。

帰り道

大通りから脇道に入る。
そこは両側から生い茂る木々の枝のトンネルになっている。

数十メートルも進むと通りの喧騒は消えていき、代わりに木々の香しい、しっとりとした息吹と、カエルや鈴虫、それに夜更かしの小鳥たちの声が空間を満たす。
不思議なことに、それらの生き物たちの発する声が喧しくなるほど、空間の静寂さが際立つ。
漆黒と静寂があるからこそ、小さな生き物たちの繊細で澄んだ命の明滅がこんなにも素敵に空気を震わすのだと気付く。

風が吹く日には梢の葉叢が互いに擦り合い、波状に騒めく。
頬や肩を撫でる風のなかで、僕はあたかも水流に身体を浮かべているような安穏とした心地になる。

トンネルの出口では樹木の枝葉がまばらになり、星々を散りばめた宝石箱のようなパノラマが現れる。
冬の清浄で森閑とした空を見上げると、子供の頃から大好きなオリオンが天空に浮かぶ。
なんて美しい光景だろう。

僕はその様な異次元間を繋ぐ不思議な道を通って、自身の属する世界へ帰っていく。
その世界では、僕は空・風・土・木々・その他の様様な生き物たちと共に生きている。
言葉を換えて言えば、僕たちは相互に関係しあって生きている。
僕は、アスファルトの上に落ちた花びらのように何処からも切り離された孤独な存在ではない。
そのことがとても幸せだ、と思う。
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