言葉と鉛筆で描く日常風景 東南アジア素描

東南アジア素描~通勤の風景


いつも通る道端に、ゴザを敷いて木の実やショウガを売っている老女がいる。
さりげなく見ていると、様々な人々が彼女の商品を購入していく。

老若男女、どの人も通勤途中であることには違いない。
会社に通勤する途中、ショウガを買う必要があるだろうか。

この国の良いところは、どの層の人々にもそれなりにお金が回るシステムを保持している点だ。
お店をもつお金がない人でも、ゴザ1枚で商売ができる。
そうした人々は、誰しもお得意様をもっている。
例えば、嬉しそうな笑顔が心に残るとか、お金の渡し方が上品だとか、皆それなりに人を誘引する独自的な魅力をもっているのだ。
だから、人々は早朝の通勤時にショウガを買う。

お金のやり取りは、心のやり取りでもある。


東南アジア素描~生命と医療


僕は大学で2年間だけ医学を学んだ。
無論、医者になろうなどと大それたことを考えていたわけではない。

いつか、ユーラシアに行くと考えていた。
アジア諸国には、日本のような恵まれた保険制度はない。
一泊するだけで7~8万円相当の費用がかかる病院へ入院できるような地位に身を置ける人は限られている。
あるいは、そもそもそのような高度医療を受けられる病院が身近に存在するかどうかも疑問だった。
基礎医学を学んでおけば、とりあえず自身の身体で何が起こっているか大まかに理解できるし、文字通り基礎的な治療も可能だ。

この国では、人々はごく自然にその生涯を終える。
ひと度、大病を患えばそれで終わりと理解しているのか、あるいは死を必然と受け入れる哲学的宗教的素養が心にあるのか、ともかく普通の人々は定められた生命を自然に終えて他界する。

以前、終末医療に批判的な医師の談話を聞いたことがある。
所謂、末期とされる状態にある人の通常の死因は、病死ではなく餓死だということだった。餓死といっても、飢餓感に苛まれながら死ぬわけではなく、身体が栄養を求めなくなり、水だけで生きながらえる日々の後に自然死するのだそうだ。

日本を出るとき、僕は100冊ほどの日本語の小説をこちらへ送った。
余命○か月と言われたら、喜々として部屋に閉じこもり、読書三昧に耽ること考えて厳選した。

何を読むかというと、それはまた別の機会に。


東南アジア素描~美しい仕草


バンコクのあるコンビニ内に小さなコーヒー・スタンドがある。
ブランド名はUCC。

本物の珈琲にありつくことが難しいこの国で、唯一と言っていいほど由緒正しい方法で珈琲を入れてくれるブランドでもある。

この店に小柄な女性がいる。
僕は、お気に入りの珈琲を注文すると、近くにあるスツールに座って、彼女の仕草を眺める。

珈琲の粉を入れたドリッパーの上で、銀色のケトルを握った彼女の腕が円を描きながら上下にリズミカルに動く。

お湯の注ぎ具合を注意深く見つめる彼女の表情は真剣そのものだが、どこか口元に笑みが浮かんでいるようでもある。

この女性から珈琲を受け取るとき、それにはこの人の特別な時間と愛情が包含されている、と感じる。

東南アジア素描~タイ・マッサージ2


前回書いたように、西洋医学に基づくマッサージの目的は血液循環の改善にある。
解り易く言えば、度重なる疲労で拘縮した筋肉を圧したり揉んだり、あるいは擦ったりしながら蓄積した老廃物を静脈へ押し流し、新しい酸素と栄養素を招き入れる、というイメージだ。

僕を教えたのは外科の医学博士だったが、彼は筋肉を圧する場合、必ず筋繊維に沿って指や掌を動かすように繰り返し言った。そのようにして血液循環を改善させるためだ。

さて、この国のマッサージ師には正式な免状を持つ人から見様見真似でやっている人まで様々だ。気をつけなければならいないのは、必要な勉強をせず、肘などを使って安易に筋肉をごりごりと圧迫する人だ。

筋肉をごりごりというのは、解剖学的にいえば、疲労によって固くなった筋肉を筋繊維と直角方向に圧している状態を言う。
このようなことをしても血行循環には役立たず、寧ろ筋繊維を傷つけを炎症をもたらす。
結果として、数日は寝違いでも起こしたように首や肩が拘縮し(強張り)、辛い思いをすることになる。

背中、とくに肩甲骨周辺には小さな筋肉が角度を変えて複雑に重なり、その構造をもって肩甲骨を巧みに回旋させている。
ある筋肉は肩甲骨の上に薄く拡がり、別の筋肉は肩甲骨の下に入り込んでいる。
このような部位は非常にデリケートで、指先で個々の筋肉の状態を探りながら適度な方向と力で施術しなければならない。

良いマッサージ師を見つけるのは、なかなか難しい。誰だってそういう人のことは、秘密にしておきたいものだからだ。

東南アジア素描~タイ・マッサージ


タイ・マッサージは今日、世界にその名を馳せているらしいが、ここ本場ではお店によってそのスタイルはまちまちだ。
たとえば、胸元が幾分大きく開いたTシャツを着た女性がいる眺望重視型、どうも施術が素人っぽいが笑顔と指先の温もりがいい下町ふれあい型、そして病院のリハビリよりはるかに効果のある腕をもつ孤高の職人型まで様々だ。

マッサージの施術は、大きく分けると圧迫法・把握柔捏法・軽(強)擦法などがある。
圧迫法は、文字通り筋肉を骨床に押し付けてほぐす方法である。次に、 把握柔捏法は筋肉を指全体(指先ではない)で骨床から持ち上げて揉みほぐす方法だ。最後に軽擦法は掌全体で軽く擦るようにして血行を良くする方法だ。

タイマッサージを観察していると、自身の骨や関節の骨端を利用した圧迫法が多いように思うが、これは当たり前だろう。1人あたり1~2時間の施術だ。 把握柔捏法などを多用していたら身が保たない。

マッサージには、上記と別に基本理念に基づく大きな分類方法がある。いわゆるツボの概念を採用する東洋医学に基づくものと、血行循環を目的とする西洋医学に基づくものだ。
僕は東洋医学を学んだことがないのでよく判らないが、西洋医学に基づくマッサージは,基本的に筋肉に溜まった老廃物を排出し、新鮮な血液(酸素と栄養)を招き入れることで硬直化した筋肉を活性化させるというものだ。
タイは中国系の文化を多く採り入れているが、マッサージに関する限り、西洋医学の理論に基づいているように思う。

さて、僕がこの国に来て間もない頃、20代後半くらいの台湾人の若者に出会った。
彼は、「タイマッサージなら、若い娘にしてもらわないと意味がない」としきりに言った。
当時の僕は、行く場所と目的を間違えているのではないかと単純に思ったものだが、実際に体験してみると、なるほど、30歳前後の女性の指と声のトーンには独特の癒しがあることに気づいた。おそらく、家庭をつくり子を育むという年代だからなのだろう。

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