言葉と鉛筆で描く日常風景 201504

野鳥物語~孵化から83日目(1月30日)

24.孵化から83日目(1月30日)

 ここ1週間ほど外泊を続けていた小鳥たちが、朝7時ごろ5羽(ヒナ4羽+親1羽)揃って帰って来た。
 
 3羽はベランダ横の庇に止まって陽気にさえずり、他の2羽は巣へと入って行った。後二者は、おそらく親鳥と末っ子のミゼットだろう。相変わらず、チュウチュウと甘えた声を出している。

 小鳥たちが数日続く外泊を始めたのは最近のことだ。そして、最終日の朝7時頃に一旦ベランダに戻って来て、その日から再び僕のベランダで寝起きを始める。とくに決まった間隔があるわけではないらしく、気が向いたときに別の場所で過ごすようだ。

 また、うちのベランダに滞在している期間でも、毎夕にヒナ全部が戻って来るわけではなく、数は日によって異なる。2羽または3羽というケースが多いが、時には1羽だけで夜を過ごす日もある。

 親鳥も給餌期の後半はベランダではなく別な場所に宿泊していたので、どこか他に巣があるのかも知れない。
 
 いずれにせよ、本当の意味の巣立ちが近付いている――そう僕は思っている。寂しいけれど、ヒナたちも9か月後くらいには親鳥の立場になる。ずっとここで皆と過ごすわけにはいかないのだ。

※次回、最終話です。

野鳥物語~孵化から49日目

23.孵化から49日目(12月27日)

「あのう・・・」

 閉じたカーテンの隙間から、1羽のヒナがジーッとこちらを見る。親鳥ほど長い時間ではないが、その仕草には親鳥そっくりの人懐っこさがある。

 夕刻、僕はベランダのカーテンの片方を完全に閉じ、もう一方は上半分だけを閉じるようにしている。過去、小鳥にあまり関心を払わない妻が不用意にベランダのそばを動き回って彼らを驚かせたことがあるからだ。
 
 上記のヒナは物干し台に止まり、そういう隙間からこちらを覗いている。
 「あれ、何か用かな?」と思っていると、数分後にバタバタという羽音がベランダの床辺りから聞こえ、次いでカタンとサッシ硝子にぶつかる音がした。要するに、「暗くて巣が見えないので、助けておくれ」と言っているわけだ。

 時刻はもう6時半、日没から9分も過ぎている。夢中で遊んでいて、ふと気付くと辺りが暗く、慌てて帰って来たのだろう。
 
 カーテンを開けベランダに光を入れると、ヒナはパタパタと巣へ入って行った。

野鳥物語~孵化から38日目

22.孵化から38日目(12月16日)~巣立ちの兆候

 昨日、ヒナたちは帰って来なかった。これは孵化以来、はじめてのことだった。
 かわりに、午後5時45分頃に親鳥が巣に戻って来て、5分間ほど入口から外に向かって「クピーックピーッ」と鳴いていた。
 どこか遠くで、「ピーッ」という返事が聞こえる。一応、ヒナたちとは連絡が取れているらしい。が、彼らは帰って来ない。

 その後、親鳥はいったん声がする方へ飛び立ち、10分ほどで戻って来た。そして、再び入口で「クピーッ」と鳴いていたが、やがて巣に入って静かになった。

 翌朝6時45分、親鳥がカップルで住んでいた時のように「クピーッ」と2回鳴き、単独で巣から飛び立った。

 その日、僕のベランダは不自然なくらい静まり返っていた。
 「ヒナたちは、巣立ったのかな」―午後5時半、そんなことを考えてこの原稿を書いていたら、「ピーピー」という騒々しい声と共に4羽のヒナが戻ってた。
 しかもすぐに巣に入らず、ベランダではしゃぎ回っている。驚いたことに、親でも絶対に近づかないスクリーン(網戸)に、2羽がセミみたいにしがみつく。

 折悪しく妻が外出の支度をしている最中で、彼女が洗面所に出入りする度、4羽のヒナがパタパタと飛び立っては戻って来る。

 「わー、でたでた。逃げろー」、パタパタ・・・。
 「面白かったね。もう一回!」、Uターン。
 「キャー、ドロンジョだー」、パタパタ・・・。

 このヒナたちは、野鳥としてやっていけるのだろうか、と時々心配になる。

野鳥物語~孵化から35日目

21.孵化から35日目(12月13日) 

 ヒナたちは編隊を組んで飛行するので、なかなか勇ましい。

 とくに圧巻なのはベランダへの帰り際で、円形にぱっと散って、それぞれが身体を縦にして羽を拡げる。空気抵抗をつくってブレーキをかけているわけだが、その様は天空で花火がぱーんと開いたように華やかで、かつ迫力がある。
 妻は、「ひえー、帰って来た」と慌てて部屋の奥に引っ込む。

 着地は、各個思い思いの場所を選ぶ。巣の下に掛けてある円形の小さな物干しがお気に入りみたいだが、エアコンの室外機にしがみ付いたり、別の大きな物干しに止まったりする。
 もうどれがどのヒナだか判別がつかないくらい成長しているが、いい場所を先に取るのはツインズで、巣から少し離れた大型の物干しに止まるのはロダン、そして室外機の垂直壁面などというドジを踏むのはミゼットに決まっている。

 夜半、時々巣から「チュウチュウ」という小さな声が聞こえて来る。何か怖い夢でも見ているのだろう。外見はすっかり一人前だけれど、やっぱりまだ幼児だ。
 ついでに言えば、うなされているのは、やっぱり甘えっ子のミゼットだと思う。

 ところで、今日ネットでRODANという単語を偶然見かけたので意味を調べてみた。
 驚いたことに、RODANは米国でラドンと発音するらしい。そう、東宝映画に登場する怪獣で、プテノザウルスが突然変異したものだ。放射性元素のラドンと混同されるので、RODANという表記が選ばれた。
 ちなみに、プテノザウルスは白亜紀に登場した翼竜、つまり腕に羽状の膜をもつ恐竜のことで、けっこう獰猛だっだようだ。

 ・・・うちのロダンは、ラドンと同じようにギザギザした体形をしているがちっとも怖くないし、放射線も吐かない。

ある若き機関員の航海日誌(調理編)

 瀬戸内海沖、午前11時過ぎ。潮流の速い海峡を突っ切って広い海域へ出ると、母船から無線が入った。

「○○より連絡、本日多忙のため昼食は貴船にて作られたし」
「了解、材料を送ってくれ」

 少し経って、併走していた母船からロープが投げられて来る。こちらの航海士が母船と速度を合わせている間に、僕はそのロープを拾い甲板のデリック(荷役作業用クレーン)に素早く結びつける。すると、母船からするするとひと抱えほどもある荷物がロープを伝って送られてきた。

「新入り、旨い昼飯を期待してるぞ」と操舵室から声がとぶ。
 正確に言えば、僕は機関員であって調理員ではないし、新入りと呼ばれるほど経験が浅いわけでもない。たんに臨時で厨房のないこの小船に送られて来ただけのことだ。

 無論、母船の連中もこの若き機関員に対してややこしい料理を作れと言うほど酷ではない。こういう時のために”ニンニク醤油”という万能調味料がキャビンに設置されていて、大抵の料理はこれで事足りるようになっている。

 ニンニク醤油は、皮をむいてバラした球をうまくち醤油に1か月ほど浸けただけのものだ。
 母船から指定されるメニューはカレーかステーキである場合が多く、どちらにもこのニンニク醤油を利用する。
 浸けたニンニクは、徹底的に虐げられエキスを吸い取られた真っ黒な状態に至ると廃棄だが、小麦色の下にまだきめ細やかな肌を保っているようであれば、焼いて食すことも可能だ。

 ルーはなぜかハウス・バーモンドカレーと決まっているが、僕は別にハウスフーズの回し者ではない。母船が「これでないとイカン」と指定してくるのだ。

 カレーの場合、出来上がった後にいったん火を止め、鍋に20~30CCほどのニンニク醤油を入れ、再び2,3分加熱すれば出来上がりだ。当然ながら、数時間放置するとなお良い。
 ニンニク醤油を入れるのは、「このよく出来たインスタント(若輩者)のルーを更にふた皮ほどひん剥き、人生の苦さと切なさを教えてやろうじゃないか」、という理由からだと聞いたことがある。要するに、大人のカレーということだろう。
 なお、ポイントというほどのこともないが、ニンニク醤油を入れ過ぎるとその味と香りがカレーと競合してしまい、指揮者を欠いたオーケストラのようになる。相互に自己主張させず、絶妙なハーモニーを保つことが肝要だ。

 場合によっては、ニンニク醤油の代わりに、あるいはそれに加えてイチゴ・ジャムを少々入れることもある。甘くなるのではと思いがちだが、そうはならず味に深みが出る。もともと、リンゴと蜂蜜がどうだかと唄っている食材だから気にすることはない。
 なお個人的見解だが、イチゴ・ジャムは瓶入りの高級品より紙パック入り廉価版の方がカレーに合う。

 ステーキの方はOGビーフのようなリーズナブルな肉を選び、表面に格子状の切れ目を入れ、よく熱したフライパンに放り込む。切れ目を入れるのは火が通り易いようにするためだが、そこにニンニク醤油のエキスを染み込ます意味もある。塩と黒コショウで味を付けるが、後で醤油を加えるので控えめにしておく。
 「俺はミディアムね」、「ミディアム・レアがいい」、などとキャビンに入って来た連中がてんで勝手な注文を始める。船乗りは一見粗暴だが、あちこちの港で様々な国・地方の料理を口にするので、舌の訓練はできている。いい加減なものを出せば怒号が飛んで来る。

 肉は焼き過ぎない方がよい。なぜならニンニク醤油を加えた瞬間にその塩分が肉のエキスを余さず絞り取ってしまい、塩クジラみたいになってしまうからだ。どうしてもと言うのなら、醤油を投入した後すぐにフタをして瞬間的に蒸すという手もある。
 さて、肉が焼きあがると火を止め、すぐにニンニク醤油をさっと振りかける。
 これも加減が大事で、多過ぎると肉が酔っ払いの行き倒れみたいにデローンと伸びてしまうし、少な過ぎると晩年のショーン・コネリーのようないぶし銀の味がでない。また、先に振った塩との調整もあるので、それなりの経験が必要だ。振りかけた瞬間に水分がとんで、フライパンの底に少しトロッとした状態で醤油が残るくらいがベストだ。
 焦がしたら、まず肉もろとも海に放り込まれると思っていい。

 肉を皿に移すと、フライパンにマグカップ1.5杯分くらいの水を入れ、素早くスープを作る(遅いと皿の上の肉が冷える)。
 まず、沸騰する前に竹べらで底に溜まったニンニク醤油と肉の油を湯に溶かす。次に塩・黒コショウなどで味を調えるが、ステーキとのコンビなので味は薄めにしておく。なお、このスープのダシは、ステーキを焼いた際の肉汁だ。味がとがるようなら、味の素をひと振りしてなだめる。
 スープは数秒、あるいは十数秒沸騰させるのがよい。表面に浮いた油の熱さが衝撃を伴ったまろやかさとなって口腔に拡がるからだ。
 牛肉の油をひと切れとポケットに忍ばせたクルトン数粒を入れると喝采が沸き起こるのみならず、次の港に着いた時の酒代その他がタダになるので、手を抜いてはならない。「心に通じる道は胃を通る」(開高健)と言うではないか。

 芸術とは全然関係ないが、以上が僕の若き日の生活であった。美しき瀬戸内の海よ、永遠に。

いつか出会える素敵な誰かさんへ~森のおじさん



森のおじさん

12月の白樺は
梢の先々に銀白色の雪をたずさえて
森のなかにひっそりと立っています

そうして 時おり息をはずませてやって来ては
途方もない計画を話す少女を
快く迎えてくれるのです

Uncle in the forest

The white-birch tree in December which had
a silver-white snow on the tree-top had stood
in the forest quietly.

Then pleasantly greeted the girl who had
come sometime with gasping and spoke of
an extraordinary plan.
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