言葉と鉛筆で描く日常風景 201505

素足のうさぎ~お手伝い



3.お手伝い

そっと足の忍ばせて、
北の精たちは、人知れず街のそこここに染み込んでいく。

皆、温かい部屋の中で遊んでいるというのに、
小さな身体をカチカチ震わせながらお手伝い。

凍えきったその指先を両手で包むと、ニコッと微笑んだ。

3. A help

The winter sprites were soaking into the city, silently and secretly.

Though the other children were playing in the warm room, the girl helped me shivering with the cold air.

She smiled as if a flower blossomed when I wrapped her tiny fingers with my hands.

ある若き機関員の航海日誌(魚釣り編)

 船が立ち寄り先の港に入らず、沖合で錨泊することはよくある。岸壁に係留すると、ひと晩で数十万もの金銭を支払わなければならないから、とくに水や電気の供給が必要な場合以外は港外で錨泊となるのだ。

 日没後、甲板員が船の両舷から数本の作業灯を吊るし始める。そうすると、光に集まるプランクトンを食べに魚の群れがやって来るからだ。
 当直の連中は、それらを目当てにめいめい釣り糸を垂れるわけだが、船首から船尾までずらりと釣竿が並ぶのでなかなか壮観な眺めだ。

 新米の僕の役割はというと、バケツを持って魚を回収して回ることにある。
 釣られた魚の大半はサバかアジだ。まず、これらを片っ端から血抜きして鱗を落とした後、刺身をつくる。そうして、俄か釣り人と化した先輩連中にそれを配って回るわけだ。

 次に大根などと共に醤油で煮つけたものや味噌ベースの鍋物などを手っ取り早く作る。素材が限られているので、あれこれ工夫しながら味にバリエーションをつける。

 人気の一品は、一夜干しだ。前日やはり大量に釣られた魚を開きにして醤油・みりん・酒・白ゴマに浸け、皆が寝静まった夜半、それらに針金を通してボイラーの排気塔周辺に干しておくと、潮風に洗われながら排気塔の熱でほどよく乾燥した美味しみりん干しが出来上がる。
 これに火を通して持って行くと、「来た来た」と皆が手をすり合わせながら迎えてくれる。

 ちなみに、醤油・みりんに半日浸けた魚の切り身をご飯にのせ、熱いお茶をふりかけて表面だけをさっと焼く(茶漬け)というのもありだ。この場合、すりゴマとわさびを食べる前に添えると、みりんで弛んだ味がシャープになると共に香ばしくなる。

 船には不届者もいて、翌朝、乾燥の具合を確認するために排気塔に上ると、サカナの数が減っていたりする。
 「うぬ、闇にまぎれて卑怯な真似を」などと悪態はつくが、もともと船の食糧は皆の共有という暗黙の了解みたいなものがあるので、実際のところさして腹も立たない。

 居住区に戻って「本日の被害状況」を報告していると、「ああ、夜中に第三倉庫の上のハッチが開いちょってな、そっから香ばしい煙が上がっとったぞ」などと誰かが言う。「馬鹿たれ、そういう時は現場を押さえて、酒のひと瓶も脅し取っておくもんじゃ」と皆が笑い合う。

素足のうさぎ~うさぎ



2.うさぎ

少女はいつも遠くを見ていた。

その姿は、後足で地面に立ち、
両耳をピンと立てて周囲の様子を覗うウサギそっくりだった。 

2. A Rabbit

The girl was always looking at places far away.

She was like a rabbit which stood on the ground with both feet and checked around with the standing ears.

美術鑑賞に関する至言

Look at the painting for no less than an hour, ignoring everything else in the room. Concentrate. Look at it from various distance-from ten feet away, from two feet away, fron one inch away. Study it for its overall composition, study it for its details. (Moon Palace/ Paul Auster)

 室内のすべて(の展示品)を無視して、その油絵だけを少なくとも1時間以上観ろ。様々な距離――10フィート、2フィート、あるいは1インチ先からそれを観ろ。その全体的な構図を、その詳細をまじまじと観ろ。(ムーン・パレス/ポール・オースター)

 これと似たようなヴァレリーの言葉を、開高健氏がエッセイのなかで引用していた。

 「自分の好きなセクションだけを選んで眺めたあとは、目を守るためにさっさと惜しげなく退散しろ。」(ヴァレリー所感)

 一般に美術館を訪れる観光客は、「せっかく来たんだから、ここにあるすべての展示品を余さず見なければならぬ」とばかりに一日中へとへとになるまで歩き回り、結局何の印象も持てずに館を後にすることが多い。

 賢い美術鑑賞とは、一瞥して心にピンとくるものがあればそこに立ち止り、様々な角度、距離から数十分あるいは数時間眺め、感じ、匂い、聴き、もし可能なら触り、そしてその印象(心のざわめき)だけを抱きしめてヴァレリーの言うようにさっさと立ち去ることだ。

 ちなみに僕は、サモトラケのニケ神像(作者不詳)と花飾りの帽子の少女(オーギュスト・ロダン)が好きで、機会があればこの2つ作品を朝から夕方まで、1週間程の間じっくり鑑賞したいと思う。

素足のうさぎ~出会い



1.出会い

 少女と出会ったのは、11月末のある寒い日だった。辺り一面が灰色に覆われていて、そんな日は心までが彩を失くしてしまうのではないか、と僕には思えた。

 外で作業をしていた僕がふと視線を上げると、見知らぬ少女が無言で立っていた。

 「お手伝い?」、そう尋ねるとコクリと頷く。「寒いから部屋の中へお入り」と促しても、手伝うと言って聞かなかった。

 少女は、どこか他の子とは違っていた。
 なぜだろう、と考えてみた。たぶん、リアリティだろうと思った。子供が認識する世界というのは、多かれ少なかれ現実に空想が混じっているものだ。しかし、この少女には「私」という強い自意識があり、自身と外界との関係を正確に測定しようと試みているようだった。

 この子はウサギのようだ――僕はそう思った。

 静かで人目に立つような行動はけっしてしないが、観察者としての忍耐と慎重さ、それに風にさえ震えるほどの敏感な感受性をもっていた。

ある若き機関員の航海日誌(荒天航行その2)

 船員には生まれつき船酔いに強いタイプとそうでないタイプがいる。
 幸い僕は前者のタイプだったので、乗船数か月後には既に人影まばらな荒天航行中の船内を闊歩するようになった。

 何より嬉しいのは、波が高くなると乗員の4割が食事をキャンセルすることだった。これは、新米船員の役割である皿洗いが楽になることを意味し、加えて肉であれ米であれ食い放題になるということでもある。
 そのようなわけで、右に左に滑るステンレス製のトレイを片手で押さえながら、喜々として山盛りのごはんに箸をつける僕を見て、「馬鹿は鈍感というが・・・・」と青い顔をした先輩たちがため息をつく。

 食事が終わると、当直まで船橋か露天甲板で過ごすのが常だった。
 荒天中の太平洋沖は、陸で過ごす人には想像がつかないほど猛々しい。うねり(波とは言わない)は10メートルを超えるほど高く、周期(波と波の間の距離)は、百数十メートルにも及ぶ。
 船は聳え立つような水の山を登って行き、頂きに達するといったん船首を宙に突き出し、物凄いスピードで谷へと落下する。
 一瞬、船体がブルンと震える。水面から浮き上がった金色のスクリューが宙で空転するからだ。
 
 落下に入った瞬間、船内前部にいる人間は足元から突然床が消えたような感覚に襲われる。続いて、ドーンという凄まじい衝撃と共に船首が海面に叩きつけられる。
 船首部分の甲板に流れ込んできた大量の海水が白い泡をたてながら、奔流となって後部へ殺到する。「船が沈む」、と本気で死ぬ覚悟をするほどだ。

 弾丸のように飛んで来る雨粒と凄まじい衝撃のなかで、若い船員たちは陸上では体験することのない自然の雄大さに畏怖を抱きつつも、それに魅了される。
 そんなときの彼らの眼差しには、哲学者を思わせる深く青みを帯びた光が宿っている。頬をえぐる影が鋭くなり、口元に挑むような笑みが浮かぶ。
 洋上では、人ではなく自然が彼らを一人前の船乗りに育てるのだ。

素足のうさぎ~閉ざされた遠い記憶



素足のうさぎ~閉ざされた遠い記憶

 公園のベンチでぼんやり考え事などをしていると、よく知らない子供がひとりでやって来る。僕自身が子供の頃から、これは変わらない。だから、目の前に立っている子が何を求めているのかは判る。
「ボール遊びする?」と尋ねると、コクリと頷く。

 表と裏に扉のある部屋――小学校時代、ある友人が僕のことをそう表現したことがある。つまり、僕は誰にも属さず、また誰もそれを僕に求めない。ただ、心にちょっとばかり空白ができると、人々は思い出したように僕という部屋に立ち寄り、そして出て行く。

 この物語の少女もそういう子供たちのひとりだった。ただ、この子の場合、空虚さというものは感じなかった。寧ろ、誰かに伝えたいことがたくさんあって、それが上手くできない(たぶん相手と波長が合わない)というのが僕のところに来た理由だったと思う。

 この少女は、僕という部屋から出て行く時、ちょっとした魔法を使って贈り物をくれた。つまり、僕の内に潜在していた描画や作文の能力を引っ張り出してくれたのだ。
 
 この本と「いつか出会える素敵な誰かさんへ」を執筆した後、僕は少女に関するすべての記憶を精神の深い場所にしまい込んだ。大切なものを何かから守るように。

 永い時を経て、僕はいくらか色の褪せた写真のネガを古い箱の底から取り出した。そして心を鎮め、絵を描く人間として冷静に少女の表情を観察した。「こんなに小さな子だったのか」、とはじめ驚いた。が、少女のあの独特の眼差しが、少しずつ僕を当時に引き戻していった。

※この本に掲載された絵は、まだ描画も構図も判らない頃に撮影した古い写真をもとに描いています。ポートレートのような絵ばかりで退屈すると思いますが、ご理解を頂けると幸いに思います。

ある若き機関員の航海日誌(荒天航行編)

――太平洋沖、午後4時36分

 「低気圧接近、荒天準備」とぶっきらぼうな船内放送が入った。
 甲板員が露天甲板へ通じるハッチを閉鎖し、外部からの海水の侵入を防ぐ。同時に、各居住区では横転の可能性のある物を固縛し、テーブル上の珈琲カップなどが片づけられる。

 午前2時、船がローリング(横揺れ)とピッチング(縦揺れ)を繰り返す最中、僕の属する班が機械室へ当直に入った。
 40分後、船内各部の機器点検のため、新米の僕が船底から第二甲板へ上がる。が、その時点で凄まじい船酔いに襲われた。

 僕が勤務する船は一軸船で、船体の中心をプロベラ軸が貫き、メイン・エンジンとプロペラを直結する。他方、重量が集中する機械室は船体最下部にあり、総じて言えばそこはもっとも船の揺れの少ない場所だった。

 船酔いは、上にあがるほど、また船の中心部から前に向かうほどひどくなる。機械室から這い出た僕は、まさにその最悪の方向に向かって進むわけだ。

 機械室の上部にあるハッチを出て、前部へ10メートル進んだ時点で立っていられなくなった。船酔いを少しでも免れるため、床に腹ばいになりほふく前進で進む。

 進路を防水隔壁が遮る。隔壁というのは、船が浸水したとき被害を最小限に抑えるためその区画を封鎖する役割を果たす。そのため、各隔壁には防水ハッチが取り付けられており、そこを通過するには、甲板から20センチほど立ち上がった開口部を跨がなければならない。

 重心を失って頭がぐるぐる回るなか、どうにか隔壁を乗り越えて食堂のある向こう側へで転がり出る。とたんにドーンと凄まじい音立てて船が振動し、身体が跳ね飛ばされた。

 船酔いは、ローリングよりもピッチングに強く影響される。つまり船体の上部よりも前部へ向かう方がひどくなる。エレベーターで上昇中に突然ロープを切られた時の感覚を想像すると判り易いかも知れない。ストンと落とされ下に激突した後、無理やり引きずり上げられ、また突き落とされるという繰り返しだ。
 「もう殺してくれ」と言いたくなるほどの苦悶に見舞われるが、ぐずぐずはしていられない。予定時間に機械室へ戻らないと捜索隊が派遣される。
 「こいつ、食堂で行き倒れとったがね」などと噂が広まれば、一生物笑いの種にされる。そうならぬよう歯を食いしばって補機室にあるボイラーをチェックした後、船首部分に近い調理室へと向かう。
 調理室の下には冷凍機と冷蔵機がある。庫内の温度、各種圧力計等をチェックした後、そっと冷凍庫のドアを開ける。ふわりと膨らみ出て来た白い冷気に顔を近づけ、束の間の至福を味わう。

 上記は、新米機関科員が最初に遭遇する試練だ。が、船の最上部である船橋に勤務する航海科の同僚の場合、さらに凄まじい状況に置かれる。彼らの仕事は、荒れ狂う風雨に晒されながら、双眼鏡片手に船橋両舷に立ち、船の横と後方を監視するというものだ。
 「よ、4時方向・・・にいー・・・」と遠くに船影を確認して叫ぶが、吐き気と眩暈で後が続かない。
 船橋はピッチングの影響はあまりないが、ローリングが凄まじい。新米は当直について程なく、左右から強烈なパンチを食らったボクサーのように片肘を手すりに引っ掛けたまま膝を折る。

 「奮戦なれど、あえなく玉砕」と書かれた紙片と共に、彼は居住区へ後送されるのであった。
 

野鳥物語~後書き

野鳥物語 後書き

 この物語を書き始めるにあたって、この小鳥の生態を調べてみた。
 身体の特徴からシマキンバラと呼ばれる野鳥であるらしいことが判ったが、詳しい生態情報がどこにもない。
 日本では外来種にあたるので、まだちゃんとした調査が行われていないのかも知れない。それならということで、学術的な観察も兼ねてこの物語を書き始めた。

 このブログのテーマは「言葉と絵で描く日常風景」であって野鳥観察ではない。だから、学術性を兼ねると言っても、文章が堅苦しくなって文学性を失うのはまずい。かと言って、行き過ぎた擬人化も避けたいところなので、結局連載した通りの文体になった。

 物語を書き終わった今考えてみると、少年の頃愛読した、「ムツゴロウの博物誌」や「ドクトルマンボウ昆虫記」、また成人してから読んだ「雨の日の動物園」などが僕の潜在意識に残っていて、それらが作文に影響したのかなとも思う。

 学術性を兼ねるということで、その方に興味のない方々にとっては、面白くない部分が多々あったと思う。実を言うと、そういうことを書いた後は「ドオーン」と音が聞こえて来そうなくらい訪問数が下がり、気が滅入った。

 そういうなか、一部の方々が砂の中から一粒のガラス片を探すような苦労をしながら繰り返しコメントを入れて下さり、またそこまでしなくとも根気強く訪問を継続して下さった方々がいて、随分と励まされた。そうした方々に対して、改めて心より感謝申し上げたい。

 今でも、ツインズ、ロダン、そしてミゼットが初めて巣を飛び出した日のことを思い出す。そして、それを見守る親鳥のあの嬉しそうな仕草!
 小さな命たちが懸命に生きる姿を僕は上手く伝えられただろうか。
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