言葉と鉛筆で描く日常風景 東南アジア素描~ジョン・レノンを聴きながら

東南アジア素描~ジョン・レノンを聴きながら


「当時は、植民地にされて誇りを失うということもそれほどなかったようです。むしろ懸命に働くオランダ人を見ながら、おもしろい連中だなと、インドネシアの人々は思ったようですね。」 (講演会/司馬遼太郎)

ひと口にコロニゼーション(植民地化)と言っても、支配する国によってその態様は異なる。ごく大雑把に言えば、スペインやフランスは被支配民族に対してより過酷だった。

僕が植民地について漠然と抱いていたイメージは、どちらかというと上の司馬氏の言葉に近かった。それを変えたのは、ラオスで立ち寄った革命博物館だった。そこには、足枷をされて隊列を組み歩く、あるいは鞭打たれながら働く現地住民の絵があった。これでは、反乱が起こっても仕方ない、と思う。

東南アジアは大戦後相次いで共産化した。ベトナム・ラオス・カンボジアなどがその例だ。ただ、革命といっても、実際は他国の支配から祖国を解放するための民族主義運動の比重が大きかったのではなかったか、と僕は思う。
支配民族に対抗するだけの資金・武器・組織化のノウハウなどがなかったので、とりあえず解放までは赤軍と共に戦おうと考えたのだろう。

祖国開放後、どこの国でも軽重の差はあれ、同志の粛清と市民への教化が始まった。
ちなみに共産主義といっても、未だかつてそれに基づいて運営されている国はない。彼らの論理で言えば、まず封建制からの解放を闘うブルジョア市民革命が起こり、その後、資本主義的搾取からの解放を闘うプロレタリア革命が起こる。
だが、革命が成った後に、すぐユートピアとしての共産主義国家が成立するわけではない。なぜなら、市民の思考はなお資本主義的であり、それを矯正しなければならないからだ。そうでないと、せっかく成就したプロレタリア革命は雲散霧消する。このため、国家には強力な中央集権が必要で、この状態を社会主義国家と言う。

すべての国民が社会の富を皆で分け合うという理解が出来た後、強力な官僚制度は解体され、国家は外交など必要最小限度の権力だけを保持し、人々は誰からも強制されず貧富の差なしに幸福に過ごす、というのが共産主義国家だ。

むろん、その教化なるものの実態が何だったのかはここで言うまでもない。要するに赤い貴族が白い貴族に取って代わったに過ぎない。そうして、赤い貴族は一度手に入れた特権を決して放そうとせず、結果として過渡期であるはずの社会主義国家がずっと続き、カンボジアのポルポト派による凄惨な事件も起こった。

数年前、ベトナムから来たという青年2人と話す機会があった。彼らは、フランスやアメリカがかつて自分達の国にしたことを気にもしていない様子で、どちらかというと祖父たちの世代の考え方が古いと愚痴をこぼしていた。
不幸な過去に拘らず未来に目を向けるという現代っ子の逞しさに清々しさを感じつつも、かつて自国が米仏という強大な国家を相手に自由と独立を勝ち取ったということに対する誇りは忘れて欲しくないなと思った。


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