言葉と鉛筆で描く日常風景 素足のうさぎ
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素足のうさぎ


灰色の雲が空を被う寒い日、僕は駅の雑踏の片隅に佇む小さなペット・ショップで君に出会った。

赤い目と短い耳をもった君は、僕がケージに指先を入れると真っ先に近づいてきた。
仲良しになれるね─僕は君をダッフル・コートのポケットに入れて家に帰った。

君はやんちゃで甘えっ子だった。
部屋に入るなり、本棚に並んだ本の背表紙を片っ端からビリビリと破いて食べた。
電気の延長コードには左から右に規則正しい歯型がつき、巾もガリガリと齧った。

君のお気に入りは、僕が勉強している机の上だった。
80cmもある机の上に、君は苦もなく跳び乗った。
それから、短い耳を寝かせて頭を撫でて、とおねだりをする。
忙しくて君を机の端に寄せると、君は僕が1時間かけてあれこれ書き込んだノートをビリビリと破り、澄ました顔で食べた。

「後で遊んであげるから、下で大人しくしておいで」とそっと床の上に下ろす。
でも、君はすぐにピョンと戻ってきて、頭を差し出した。
仕方なく僕は君を膝の上に載せて、君の頭を撫でながら勉強を続けた。

君は僕と一緒に寝たがった。
夜、ケージに入れると君は網を齧って外に出ようとした。
「もう・・・」と言って外に出すと、君は僕の枕元で眠った。

朝、大学に行く前、僕は君を庭に放した。
1月の寒い日の夕方、君はサッシの前にちょこんと座って、中に入れてもらうのを待っていた。
「ごめんね、遅くなって」
僕は凍えきった身体を抱き上げ、冷たい耳先を唇で温めた。

君が病気になった時、僕は自分にとってどれほど君が大切な存在だったかよく判った。
あの頃、僕にはしたいことがたくさんあった。
それで君を、僕をこんなにも愛してくれた君を大切にできなかった。

最後の朝、僕が目覚めると枕元の君はピンと耳を立てて、いつものように大きな瞳で僕を見ていた。
「おはよう」
東向きの窓から差し込む朝陽に照らされた君の頭をそっと撫でると、君は大きくあくびをしながら四肢を伸ばし、満足そうに目を閉じた。

さようなら、Toy。
世界でいちばん僕を愛してくれた生命。


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